親が受けたストレスが子孫に伝わる?エピジェネティクスの不思議な力

2018年5月10日

遺伝子のオン・オフを制御する機能、エピジェネティクス

1卵生双生児はクローンなので、まったく同じ遺伝子を持っている。しかし2人の兄弟姉妹は全く同じではない。似てはいるが、外見も性格も微妙に違う。その理由は、遺伝子のオン・オフを調節する機能が働くからだ。そうした遺伝子のオン・オフの制御・調節機能を「エピジェネティクス」と呼ぶ。ジェネティクス(遺伝的特徴)と同じように、エピジェネティクスも生物の形や質に影響を与える。DNA遺伝子がハードウェアとすると、エピジェネティクスはソフトウェアなのだ。

細胞はメチル基を使ってDNAをオフにし、アセチル基を使ってDNAをオンにする。生物は環境や経験の影響で、メチル基やアセチル基の状態を変えることがわかってきた。環境や経験が細胞に刷り込まれるのだ。

子供時代に受けたトラウマが、細胞に刷り込まれる

強いトラウマは、哺乳動物の脳を、メチル基があってはいけない場所につけ加えてしてしまう。子供の頃、いじめられたマウスは、異常なメチル基のパターンを脳内に持っている。舐めたり授乳したりしないネグレクトな母親を持ったマウスも同じだ。このような虐待マウスは異常なメチル基のパターンを生涯維持し、ストレスの多い状況に陥るとヒステリーを起こしたりする。

私たちはみな、歳を取るとともに固有のエピジェネティックな変異をため込んでいく。だから1卵生双生児はDNAが同じであるにもかかわらず、歳を取るごとに差がはっきりしてくるのだ。

母親のストレスが胎児に影響を与える

このエピジェネティックな変異は子孫に受け継がれることが、様々な研究により明らかになっている。1944~45年、ナチス占領下のオランダでは成人の摂取カロリーが500カロリーにまで落ち込み、解放後は2000カロリーに増加した。科学者がこの飢饉の間にできた胎児とその後にできた胎児を比較したところ、予想通り飢餓に苦しんだ胎児は小さい虚弱な赤ん坊が多く、成長後も統合失調症、肥満、糖尿病の罹患率が高かった。レニングラードの包囲やナイジェリアのビアフラ危機、毛沢東の大躍進政策の被害者も、同じような影響を受けていることが分かっている。

少年期に飢餓を経験すると、子や孫が健康になる?

さらに興味深いのが、スウェーデンの小さな農村エベルカーリスクを対象にした研究だ。寒冷地だったエベルカーリスクは、5年に一度程度の割合で凶作に見舞われた。凶作は数年続くこともあったが、豊作の年もあった。そして好都合なことに、地元のルーテル教会は、長年に渡り住民の誕生や死亡、健康状態の記録をつけていた。そのため凶作や豊作の影響が世代を超えて伝わるかどうかを調査することができた。

その結果、母親の栄養状態と子供の健康にはある程度関連があることが分かった。しかし驚くべきことに、父親の影響の方がはるかに大きいことが判明したのだ。それも奇妙なことに、父親が飢餓を経験すると、子や孫が健康になるという結果が出たのだ。例えば祖父が飢餓を経験すると孫は平均で30年長生きしているが、祖父が飽食だと孫の糖尿病リスクが4倍に上がった。しかし飽食や飢餓を経験した当事者である祖父にはその影響はなく、両者に寿命の差はみられなかった。

そして科学者は、父親が人生のどのタイミングで飢餓や飽食を経験したかも調べた。その結果、父親が9歳から12歳の間に飢餓や飽食を経験した時だけ、その影響が子や孫に伝わることが判明した。喫煙を11歳より前に始めた男性は、その後から喫煙をはじめた男性より太った子供が多くなることがわかっている。男性にとってこの時期は、健康な子供を作れるかどうかを決定する重要な時期のようだ。

エピジェネティクスがヒトの複雑さを生み出す

ヒトの遺伝子は25,000程度しかなく、ヒトゲノム計画の前に想定されていたよりもかなり少ないことが分かった。ショウジョウバエが14,000、コメは50,000の遺伝子を持つ。ヒトの複雑さを考えると、25,000という数は非常に少ないように感じる。しかしエピジェネティクスを加味して考えれば、少しは納得できる。

遺伝子発現の多様性を生み出すエピジェネティクスは、我々が急速に変化する環境に対応するための、必要不可欠なシステムなのかもしれない。

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