心と意識ネタ

『ホモデウス』に紹介されていた人間の意志に関する実験が怖い

投稿日:2018年9月10日 更新日:

待望のハラリの新刊『ホモ・デウス』を読んだ!

『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリの新作『ホモ・デウス』が発刊した。もう待ちきれずに買った。『サピエンス全史』は人類の歴史を今までにない斬新な切り口で語ったもので、超面白かった。そのハラリが今度は「人類の未来」を語るのだ。もう買うしかないぞ!

読んだ感想はやっぱ面白かった。でも『サピエンス全史』とダブる部分が多くてちょっと残念。『サピエンス全史』に出てくる家畜が虐待される話や、宗教などの虚構を通じて人間が協力したという話は「それ、もう知ってるし」と突っ込みを入れたくなった。未来の話は全体の半分弱で、それ以外は『サピエンス全史』と同じ歴史の話って感じだ。全編を未来の話にするにはネタが足りなかったんだろう。

欲求は意思で制御できないことを示す実験

『ホモ・デウス』の中で一番興味を引いたのが、人間の自由意志に関する数々の実験が紹介されていたところ。その部分をかいつまんで言うと「人間は自分の欲求にもとづいて行動する。それは自由意志と言われる。でもその欲求は自分でコントロールできない。だとすると、人間は本当に自由意志で行動していると言えるのか?」ということだ。

その証明として、ハラリはいくつかの実験を紹介している。1つ目は人間を使ったもの。被験者は両手にスイッチを持った状態で脳スキャナーに入り、いつでも好きな時に左右どちらかのスイッチを入れるよう指示される。脳神経活動を観察している科学者は、被験者が実際にスイッチを入れる前に、そして被験者がどちらのスイッチを入れるかを決める前に、どちらのスイッチが入れられるのか分かるそうだ。被験者が行動を起こすことを自覚する数百ミリ秒から数秒前に、脳内の神経活動が始まるからだ。

左か右のスイッチを押す決定は、たしかにその人の選択を反映している。とはいえ、それは自由な選択ではない。生化学的な連鎖反応でのせいで私が右のスイッチを押したくなった時、私は本当に右のスイッチを押したいと感じる。もし私が右のスイッチを押したいなら、私は「そうすることを選んだ」という結論に謝って飛びついてしまう。この結論はもちろん間違っている。私は自分の欲望を選ぶことはない。私は欲望を感じ、それに従って行動するにすぎない。
出典『ホモ・デウス』

2つ目は、有名なロボラットの実験だ。脳の感覚野と報酬領域に電極を埋め込まれたラット(ロボラット)は、科学者の指示どおりに、左右に曲がったり梯子を登ったり高い所から飛び降りたりする。科学者がラットを自由自在に操ることができるようになるのだ。

ある動物福祉活動家がこの実験のラットに与える苦しみについて懸念を表明した。するとロボラット研究者のニューヨーク市立大学のサンジヴ・タルワー教授は「ラットは実験を楽しんでいるのだ」と反論した。ラットは自分が誰かに制御されているとは感じていないだろうし、自分の意思に反する行動を強制されているわけでもない。タルワー教授がリモコンのスイッチを入れると、ラットは右に曲がりたくなる。だから右に曲がる。梯子を登りたくなる。だから梯子を登る。

それについてラットに訊いてみたら「もちろん、私には自由意志がある!ほら、私は右に曲がりたい。だから右に曲がる。それこそ、私に自由意志があることの証拠ではないですか」と答えることだろう。
出典『ホモ・デウス』

欲求が複数存在する?分離脳患者の実験

次に紹介されたのは、分離脳患者を対象とした実験だ。人間の脳は身体の右側を制御する左脳と身体の左側を制御する右脳に分かれていて、両社は脳梁という神経の太い束でつながっている。両半球の関係を調べるのにうってつけだったのが、脳梁を切断する手術を受けた癲癇患者だった。

癲癇の重症患者は、脳の一部で始まった電気の嵐が脳全体に広がり非常に激しい発作を起こす。20世紀の半ば、医師はこの発作が脳全域に広がるのを防ぐため脳梁を切断する手術を行った。彼ら分離脳者を対象にした画期的な研究を行ったのが、1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞したロジャー・ウォルコット・スペリーとマイケル・S・ガザニガ教授だ。

ある10代の少年に「大人になったらどんな仕事に就きたいか?」と質問すると、彼は「製図工」と答えた。この答えを提供したのは脳の左半球だ。次にスペリーたちは、少年の左目にしか見えない場所に「大人になったらどんな仕事に就きたいか?」と紙に書いて見せた。すると少年は左手で文字を並べて「自動車レース」と答えた。彼の右脳は言葉を話すことはできないが、左脳とは違う欲求を持っていたのだ。

この実験から分かるのは、欲求はひとつではなくいくつも存在し、その中から選択されて最終的に「自分の欲求」として意識の表層に現われるということだ。いったいどんなプロセスを経てそれらの選択が行われるんだろう?

もし「自由意志」とは自分の欲求に即してふるまうことを意味するなら、たしかに人間には自由意志がある。

(中略)
だが肝心の疑問は、人間が内なる欲求に従って行動できるかではなく、そもそもその欲求を選ぶことができるかどうか?だ。なぜ黒ではなく赤い自動車を買いたがるのか? なぜ共産党ではなく自民党に投票したいと思うのか? 人はこれらの願望のひとつとして自分では選んでいない。特定の願望が自分の中に沸きあがってくるのを感じるのは、それが脳内の生化学的プロセスによって生み出された感情だからだ。そのプロセスは決定論的かもしれないし、ランダムかもしれないが、自由ではない。
出典『ホモ・デウス』

人工知能の研究が飛躍的に発展した現在でさえ、心と意識がどうやって生まれるのかは全くわかっていない。でも、この「欲求がランダム(または決定論的に)生まれる」という事実は、心と意識の謎に迫る突破口になるかも知れないなぁ。


●参考文献
ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ著

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